Behind the Secret Report
コンスタンチン・ロガノフスキー/Konstantin Loganovski
ウクライナ医学アカデミー放射線医学研究センターのトップが明かす
これから子供たちに起きること
被曝は何をもやらすのか-
知能の低下、左脳に損傷
(週刊現代 2011年7月16日・23日合併号)
被曝によって、がんや白血病に罹るリスクが増すといわれる。では脳にはどんな影響があるのか。チェルノブイリ事故が起きたウクライナで、15年間調べ続けてきた研究者に聞いた。
被曝した子供たちには言語能力、分析能力の低下が見られた
「残念なことですが、チェルノブイリ原発事故によって住民や作業員に起きたことは同じように福島でも起きると、私は思います」
ウクライナ医学アカデミー放射線医学研究センター(キエフ市)のコンスタンチン・ロガノフスキー氏はこう話す。氏が所属する放射線医学研究センターは、1986年4月26日にソ連(現ウクライナ)で発生したチェルノブイリ原発事故で放出された放射性物質が人体にどのような影響を与えるかを調べるために、同年10月につくられた施設だ。200人の医師、1500人のスタッフがおり、ベッド数は534床ある。チェルノブイリ事故の人体への影響に関して研究している組織や機関は多数あるがここは最大規模だという。ロガノフスキー氏は、このセンターの精神神経学部門のトップを務める人物である。氏はこれまでどんな研究をしてきたのか。
「私がテーマにしているのは、チェルノブイリ事故によって放出された放射線が及ぼす中枢神経への影響と、被曝者のストレス、PTSD(心的外傷後ストレス渉障害)などです。対象としているのは原発作業員、避難民、汚染地域の住民などで、とくに力を入れているのは、事故当時に胎児だったケース。いま23歳から25歳となっていますが、彼らが5~6歳の頃から私はずっと追跡調査をしています」
あのときお腹の中にいた子たち
ロガノフスキー氏はチェルノブイリ原発が事故を起こしたとき、まだ医学部の4年生だったが、卒業後、このセンターに就職して、以来25年間、研究を続けている。氏の妻もここで小児科医を務めていて子供の被曝について調べているという。
氏のオフィスの壁面にはチェルノブイリ原発事故の写真が貼り付けてあるそれを指差しながら氏はここと福島の類似点を説明する。
「いまチェルノブイリ原発では放射性物質を完全に封じ込めるための工事が新たに進められています。石棺化した4号炉をさらにドームで覆ってしまうというものです。これを担当しているのはフランスの会社ですが、私はここで働いている作業員の医学面のケアもしています。
チェルノブイリで起きたことと福島であったことはよく似ている。事故後、最初にヨウ素が放出され、その後セシウムやストロンチウムが検出されるという流れもまったく同じですから。違いは福島には海があって、ここには河しかなかったことぐらいでしょう。したがってチェルノブイリ事故の後、住民や作業員に起きたことを見ていけば、これから福島でどういうことがあるか、わかるはずなのです」
日本でいま最も心配されているのは、胎児や子供たちの健康への影響だろう。それについて、ロガノフスキー氏が解説する。
「チェルノブイリは、広島に落とされた原爆のケースに比べれば被曝線量は低い。しかし深刻な内部被曝の被害者は多数います。甲状腺がんや神経系の病気の増加や、言語能力、分析能力の低下も見られました」
これら能力には左脳の関わりが深い。氏はその機能低下の原因について、次のように分析している。
「言語能力には脳の2つの部位が関係しています。ブローカ野とウェルニッケ野です。いずれも左脳にあります。脳の中でも最も重要な部位の一つといえるでしょう。私はここが損傷しているのではないかと考えています」
女性のほうが放射能の影響を受けやすい
ロガノフスキー氏らの研究チームが11歳から13歳までの被曝した子供たち100人を被曝していない子供たち50人と比較したところ、とくに左脳に変化が生じていることがわかった。氏は「母親の胎内における被曝体験が精神疾患を引き起こしたり、認知能力の低下をもたらしたりする」と述べ、脳波の変化と知能の低下も見られたと指摘する。
「被曝していないグループの知能指数の平均が116に対して、被曝したグループは107。つまり10程度ぐらいの差がありました。私の妻もrural-urban(地方・都会)効果を加味した調査、つまり地方と都会の教育格差を考慮した形の調査を実施しましたが、結果は同じで被曝者のほうが同程度低かったのです」
つい先日もロガノフスキー氏はノルウェーに出張してオスロ大学の責任者に被曝と知能の関係に関する研究の成果を聞いてきたばかりだという。
「ノルウェーは旧ソ連の国々を除くとチェルノブイリ事故の被害を最も受けた国です。この研究結果でも胎内で被曝した成人グループの言語能力は被曝していないグループに比べ低いと指摘していました」
胎児に関する研究でもう一つ気になるのは統合失調症をテーマにしたものだと、氏は話す。
「長崎大学医学部の中根充文名誉教授によると、原爆生存者の中に統合失調症の患者が増えており、胎児のときに被曝した人の中でもやはり患者が増えているという。ただ中根さんはこの病と被曝が関係あるという証拠がまだないと話していました。1994年のことです。統合失調症は左脳と関連があるといわれており、私たちも長崎大のものと同じような内容のデータを持っています」
ウクライナだけで20万人いろというチェルノブイリ事故の処理に当たった作業員たちの中にも、精神を病む人が出ていると、ロガノフスキー氏は言う。
「精神障害者は少なくありません。そのなかにはうつ病、PTSDが含まれています」
氏のチームの調査によって、自殺に走る作業員が多いことも判明した。
「私たちはエストニアの作業員を追跡調査しましたが、亡くなった作業員のうち20%が自殺でした。ただエストニアはとくに自殺は悪いことだとされている国なので、自殺した人間も心臓麻痺として処理されることがあり、実数はもっと多いのかもしれません」
精神的な病に陥るのは何も作業員に限ったことではない。京都大学原子炉実験所の今中哲二助教が編纂した『チェルノブイリ事故による放射能災害』によると、ベラルーシの専門化が調べた、同国の避難住民の精神障害罹患率は全住民のそれの2.06倍だった。また、放射能汚染地域の子供の精神障害罹患率は汚染されていない地域の子供の2倍だったという。
ロガノフスキー氏は被曝によって白血病やがんの患者が増えるだけでなく、脳など中枢神経もダメージを受けると考えているのだ。それは15年にわたる様々な調査・研究の成果でもある。
その他にどんな影響が人体にあるのだろうか。氏は様々な病名を挙げ続けた。
「作業員に関して言えば圧倒的に多いのはアテローム性動脈硬化症です。がんも多いのですが、心臓病や、脳卒中に代表される脳血管の病気も増えています。白内障も多い。目の血管は放射線のターゲットになりやすいからです」
さらに氏は遺伝的な影響もあるのではないかと考えている。
「チェルノブイリ事故の後、その影響でドイツやフィンランドでダウン症の子供が増えたという報告がありました。しかし、IAEA(国際原子力機関)やWHO(世界保健期間)はその研究に信憑性があると認めていません。ただ、私たち専門家の間ではなんらかの遺伝的な影響があると考えられています。小児科医である私の妻はチェルノブイリ事故で被曝した人々の子供や孫を調べましたが、事故の影響を受けていない子供と比較すると、はるかに健康状態が悪いことがわかりました。つまり被曝の影響は2代目、3代目、つまり子供やその子供にも出る可能性があるということです」
放射線の影響についてもっとはっきりしていることがある。それは「性差」で、氏によれば、「女性のほうが放射線の影響を受けやすいのだ」という。
「それは間違いありません。うつ病、内分泌機能の不全は女性のほうがずっと多い。チェルノブイリには女性の作業員がいたが、私はそういう点からいっても女性はそういう場で作業をやるべきではないと思っています」
低線量でも浴びれば健康を害する
では、これから福島や日本でどんなことが起こると予想できるのか。ロガノフスキー氏は慎重に言葉を選びながら、こう話した。
「女性に関しては今後、乳がんが増えるでしょう。肺がんなどの他のがんの患者も多くなると思います。作業員では白血病になる人が増加することになるでしょう。ただ病気によって、人によって発症の時期はまちまちです。たとえば白血病なら20年後というケースもありますが、甲状腺がんは5年後くらいでなることが多い」
脳や精神面、心理面ではどんな影響が出てくるのか。
「チェルノブイリの経験から言うと、まず津波、地震、身内の死などによるPTSDを発症する人が多数いるでしょう。放射能の影響を受けるのではないかという恐怖心から精神的に不安定になる人も出ます。アルコール依存症になったり、暴力的になったりする人もいるかもしれません」
ロガノフスキー氏は、実は福島第一原発事故直後に日本に援助の手を差し伸べようとしていた。
「私たちにはチェルノブイリでの経験があるし、たくさんのデータも持っているので、いろいろな面で協力できると思ったのです。そこで知り合いの医師たちを集めて、キエフの日本大使館に出向きましたが、門前払いされました。
チェルノブイリ事故が起きたとき、ソ連政府のアレンジによって、モスクワから心理学者や精神科医などからなる優秀なチームが避難所にやって来ました。彼らは地元ウクライナのスタッフと協力して被災者のケアに当たってくれたのです。福島ではそういうことがなされているのでしょうか。
ウクライナは裕福な国ではありませんが、チェルノブイリでの豊富な経験があります。私たちは今回、日本政府からお金をもらおうとして行動していたわけではありません。無償で協力しようとしただけなのです。拒否されるとは思わなかったので、とてもショックでした。
ロガノフスキー氏は、日本政府の姿勢に対して不信感を持っている。それは援助を断られたからだけではない。
「当初、発表された福島原発から漏れた放射性物質の量は実際とは違っていました。国と国の交流に大事なことは正確な情報を公開することです」
では、日本政府が定めた「年間20ミリシーベルト、毎時3.8マイクロシーベルト」という被曝限度量については、どう考えているのか。
「一般人は年間1ミリシーベルト、原発関連で働いている作業員は20ミリシーベルトが適性だと思います。これが国際基準です」
つまり、日本政府の基準を鵜呑みにしては危ないと考えているのだ。さらにロガノフスキー氏は低線量の被曝でも健康被害はあると指摘する。
「値が低ければ急性放射線症にはなりませんが、がんに罹りやすくなるなど長期的な影響はあります。そういう意味では低線量被曝も危険です」
これが、ロガノフスキー氏が長年、行ってきた低線量被曝が健康を害するかどうかの研究の結論である。氏は「ノルウェーでも同じ結論を出した学者がいる」と話す。
子供はなるべく遠くへ逃げなさい
だとしたら、どうやって自分や家族を守っていけばよいのだろうか。とくに子供や妊婦はどうすればいいのか、ロガノフスキー氏にたずねた。
「まず最も大事なのは正確な線量の測定をすることでしょう。いま私が座っているところが安全でも2m離れたあなたが座っているところは危険かもしれないからです。福島や東京にもホットスポットがあるようですが、チェルノブイリでも同じです。原発を中心に円を描いても、その内側に安全なゾーンもあれば、外側に危険なゾーンもあります。だからこそ住んでいるところの線量をきちんと測る必要があるのです。
次に大事なことはクリーンな水と食べ物を口にすることです。日本政府が定めている基準より線量が低いからいいというのではなく、私は完全にクリーンなものだけを摂ることを勧めます。これはあくまでも内部被曝の問題だからです。一度、体内に入ってからでは遅すぎます」
そして、氏は政府や東電にも専門家の立場から注文をつける。
「被災者や国民への精神的なサポートをきちんとやることが大切です。人間は不安の中で生活すると脳や精神面に悪い影響が出ます。それは放射線を浴びる以上によくないことかもしれません。そんな不安を軽減するためには正確な情報が必要です。日本政府や東電は情報を隠蔽したり、ウソの情報を流したりしたといわれますが、それは絶対にやってはいけません」
ロガノフスキー氏は、私たちに最後にこうアドバイスした。
「子供はとくに放射線の影響を受けやすいので、本当は海外に出るのがいいと思いますが、現実にはみななかなかできないでしょう。だからせめて、できるかぎり線量の高いところから離れて暮らすよう心がけてください」
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