2014年9月13日土曜日

東京における吸入被ばくの危険性と焼却場

三田医師は、講演会で、「東京はチェルノブイリより悪くなる予感がする」と発言し、その根拠として、「東京でやっていた経験から言うと、食べ物に気をつけているだけでは、とてもじゃないけど追っつかない。検査データが悪い人達の分布を見ると、ゴミ焼却とか下水の処理場とかとの関係がすごく密接だと思います。」と話しています。

東京とチェルノブイリではさまざまな条件が異なります。とりわけ、東京では、チェルノブイリでは決してやらない放射能に汚染された廃棄物の焼却を、人口の密集する地域で、何も危惧すること無く、継続して実施しているという事実があります。

東京のごみ焼却場の分布を示します。


これに、汚泥焼却をする下水処理場を加えると、(日の出の多摩エコセメント工場も含む)



三田医師の指摘通り、2年目の東京白血球異常の西への広がりは、多摩市から五日市に向かう南東ー北西の帯状の分布に沿って、多摩市清掃工場、八王子市北野清掃工場、八王子市戸吹清掃工場、あきる野市高尾清掃工場が、いずれも丘陵上に並んでいる。また、1年目の埼玉県境荒川沿いも焼却場の分布と発生状況が関連しているように見える。

(三田医師講演会より)


焼却場から出る煤煙の影響範囲は、一日当たりの焼却量、煙突の高さにより異なりますが、環境省の環境影響調査の基準によると、以下のような目安となります。 


例えば、八王子戸吹清掃工場の場合、煙突高59mで、影響範囲は3kmということになることが分かります。分布図下のスケールで、自分の家と焼却場との距離を測れば、どの程度影響があるのか推定できます。とりあえず、それぞれの煙突の高さなどは、調べてみて下さい。

処理場の煙突の高さは

煤煙の拡散イメージは(計算の例)



ごみ焼却場や下水処理施設から出た煤煙は、同心円状に広がるのではなく、風の向きに従って拡散するので、その地区の卓越風向は重要です。ちなみに八王子の卓越風向は下図のように、北西~西北西と南から南東の風が顕著であることが分かります。
あきる野、八王子から稲城市の方角に立ち並ぶ施設は、悪いことにこの卓越風の方向と一致しているのが気に掛かります。


2014年9月8日月曜日

原発事故後2回の放射性プルーム拡散 東京では?

 毎日新聞が記事にした資料から、東京について、3月15日と3月21日の大気のセシウム合計濃
度を整理すると以下のようになる。
 浮遊粒子についての測定値なので、ガス状のものは含まれない。また、降雨時には雨滴に取り込まれる(エアロゾルでは特に)ため、粒子性のセシウム濃度は低くなっている考えられる。
 3月15日は福島県で降雨、3月21日は首都圏で降雨が見られる。
 セシウムの形態は、主に、3月15日は粒子性、3月21日にはエアロゾルであったと言われている。


 原発事故後2回の放射性プルーム拡散(東京)   セシウムBq/㎥

葛飾区水元公園 3/15  9:00-10:00 130    3/21 9:00-10:00 175
青梅市東青梅   3/15 13:00-14:00 141   3/21 6:00-7:00      9.3
八王子市館町   3/15 12:00-13:00  38    3/21 8:00-9:00      9.6
川口町         3/15 13:00-14:00  97    3/21 8:00-9:00      9.5 (八王子市川口町か)
町田市熊ヶ谷町   3/15 11:00-12:00  47    3/21 3:00-4:00  11.3

http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/contents/10000/9771/24/tape_1.pdf


福島原発事故:1週間後にも放射性雲 東北、関東へ拡散 毎日新聞 2014年09月05日


 東京電力福島第1原発事故後、上空に巻き上げられた放射性物質の雲状の塊「放射性プルーム(放射性雲)」が、これまで知られていた2011年3月15〜16日に加え、約1週間後の20〜21日にも、東北・関東地方に拡散していく状況が、原子力規制庁と環境省による大気汚染監視装置のデータ分析から裏付けられた。1回目の放射性雲の影響で高くなった空間線量に隠れて、2回目の放射性雲が見逃されていた地域もあった。専門家は「データは住民の初期被ばく量を正確に見積もるのに役立つ」とみている。

 放射性雲の拡散はこれまで、「緊急時迅速放射能影響予測システム」(SPEEDI)を使ったコンピューター計算に各地の空間線量や航空機による観測データを突き合わせて推定してきた。

 今回、環境省が各都道府県に設置している自動車の排ガスなどを常時監視する装置に着目。東京大大気海洋研究所や首都大学東京などに依頼し、大気中に浮遊するちりを1時間ごとに捕まえたろ紙を9都県約90カ所の測定局から回収して、3月12〜23日分の放射性物質濃度を調べた。

 その結果、福島市の一つの測定局では15日夜、放射性セシウム137と134の濃度が1立方メートルあたり最大計45.5ベクレルを計測した。16〜19日も、原発から放射性雲が出続けていた考えられるが、西風で太平洋側に運ばれたため、大気中濃度は上がらなかったらしい。その後、風向きが変わり、20日午後3時に同計104.1ベクレルに高まり、その状況は21日朝まで続いた。

 雨が降った15日は放射性物質が地表や家屋に沈着し、空間線量が1時間あたり20マイクロシーベルト程度まで急上昇したため、放射性雲が飛来したことが広く知られているが、雨が降らなかった20〜21日は、既に高くなっていた空間線量計の値が目立って上昇しなかったため、放射性雲が見過ごされてきたと考えられる。

 関東地方では、15日と21日の2回、帯状に高濃度の放射性雲の拡散が確かめられた。特に21日朝は茨城県南部や千葉県北東部で放射性セシウム濃度が急上昇。その後、東京湾北東沿岸部へと南西に移動した。その間、雨で沈着し、各地で「ホットスポット」と呼ばれる局地的に線量の高い場所を作ったとみられる。



2014年8月30日土曜日

非汚染地域でも体内被曝 ~ ミンスクにおける子どもの疾病経過

放射能を恐れていたら、食べるものがなくなってしまうという現実がある。ベラルーシのベパル村で出会った女性に、食品の汚染の事を聞いて、怖くないかと聞いた。

彼女は「怖いけれど仕方ないだろ。空腹を抱えて死ぬより、おなかいっぱいで死んだ方がいいからね。」と答えた。

こうした汚染地でも、自分はキノコを食べるけれど、子供には食べさせないといった、家族内での基準が作られていたりした。

モギリョフ州の森からキノコのかごを持って出てきた男に出会った。

「もっぱら私だけが食べています。家族は怖がって食べません。妻は用心して孫にも食べさせません」と彼は語った。

またナロヂチ地区のフリスチノフカ村にとどまっていた人に聞くと、「小麦を植えるのはいやだね。ほかの地域の人々まで汚染したくないからね」と言った。彼は自分の食べる物だけを、汚染地で栽培していたのである。

しかし汚染地の体内被爆量と、非汚染地のそれとの間には、大した差がないことを人々が知った時、この問題からは、どこにいても逃れようがないことを感じただろう。

汚染地と非汚染地の子どもの体内セシウム量が、ほどんど同じだったという結果が出たことについて、ミンスクにあるチェルノブイリ省のプリヤークに尋ねた。彼は役人らしく次のように答えた。

「ゴメリの土壌の汚染は、ミンスクの10倍です。でも人体内に蓄積されたセシウムの量は大体同じです。汚染された肉が事故から4年の間、生産され続けました。86年の時点では、この肉は廃棄されずに機械的に混ぜ合わされていました。穀物も大量に産出されますが、汚染されているので食用にも肥料にも使うことができません。でもそれらを破棄できるかどうかは、すべて私たちの財政状態にかかっています。お金があれば、たくさん食糧が廃棄できるのです」つまりすべては、経済の問題というわけだ。

広河隆一 著 「暴走する原発」より




ミンスクにおける子どもの疾病経過


チェルノブイリ – 17年後


「汚染されていない」地域において明らかな疾病の増加


1997年から2001/2002年にかけて、ミンスク市のある病院が異なる家庭環境の子ども達を対象に定期的な健康調査をおこなった。長くミンスク市に住んでいる家庭の子ども(ミンスクグループ)と、チェルノブイリ事故後にミンスク市に移住させられた家庭の子ども(移住グループ)を比較した。

いずれのグループでも、疾病の増加は愕然とするほど明白である。移住グループの子ども達における影響は、より深刻である。

このことは以下のデータが裏付けるものである。



腫瘍の頻度 (0〜14歳までの10万人の子どもを調査)

             1997  1998  1999   2000  2001
ミンスクグループ    299.4    298    427    503    496.7
移住グループ     1068.8    1004.7  1015   903    1106



気管支喘息の頻度 (0〜14歳までの10万人の子どもを調査)

            1997  1998  1999  2000   2001
ミンスクグループ    675    790    909    1000    1118
移住グループ     1058     979   1176   1006    2000








慢性疾患を患う子どもの数(%)

              1997   1998  1999   2000   2001
ミンスクグループ     15.5%   16.7%    21.0%   22.2%   23.6%
移住グループ       29.0%    33.2%    40.1%   43.7%   50.5%


身体障害児および身体障害の前段階の子どもの数(%)

              1997  1998  1999  2000  2001
ミンスクグループ      0.9%    1.2%    1.1%   1.16%   1.3%
移住グループ        1.3%     1.4%     2.4%  2.7%   3.0%



完全に健康な子どもの数(%)

              1997  1998  1999   2000   2001
ミンスクグループ     6.4%    4.5%    3.8%     3.5%     3.7%
移住グループ       3%     3%      2%      0.9%     0.3%



以上のデータについて、移住グループの子ども達の非常に多くがミンスク市で生まれているにも関わらず、ミンスクグループの子どもよりも病気になる頻度が高いのは何故かという疑問が沸く。

これは、年齢の高い子ども達は幼少期に原発の近くに住んでいたため、また、年齢の低い子ども達は成人したチェルノブイリ被害者の子ども達であるためと考えられる。

また、移住グループの子ども達は学校の長い休みの間、汚染された地域に住み続けている祖父母や親戚の家で過ごすことが多く、経済的困窮から汚染地域の食品を大量にミンスク市へ持ち帰っていることも原因と見なすことができる。

しかし、ミンスク市その他の「汚染されていない」地域出身の家庭の子どもたちの健康状態が継続的に悪化しているのは何故だろうか。1986年の事故当時に、ミンスク市とその周辺は放射性降下物の影響をそれほど受けなかったとされているが、それは間違いなのだろうか。ミンスク市およびその周辺で売られている食品は、当局が主張しているように安全ではないのだろうか。




以下の調査結果は、両方のグループの子ども達を合わせた数字である。子ども達の健康状態が悪いことを上記データに加えて証明するものである。



様々な疾患の増加(%)

                   1997          2001
骨および筋肉の病気    1.3%            2.9%
心臓疾患              13  %           22  %
眼の異常              17  %           24  %
腫瘍                  4.9%           10  %
内分泌障害              6.4%            8.7%



悪性腫瘍および脳腫瘍の頻度 (10万人の子どもを調査)

          1997    1998   1999   2000   2001
悪性腫瘍      57       73      77      104      121
脳腫瘍        15       20     25.8      46       56



奇形および先天性の心臓疾患 (10万人の子どもを調査)

          1997    1998   1999    2000    2001
奇形        1191     1366   1374    1683    1906
心臓の欠陥   706      895    950    1287    1504

2001年にこの病院で生まれた856人の新生児のうち、完全に健康だったのはたった3人だけだった。



甲状腺疾患(甲状腺炎)および甲状腺にしこり (1000人の子どもを調査)

          1997    1998   1999   2000   2001
甲状腺炎    0.48      0.5     3.4    6.76    29.4
甲状腺しこり 0.96      1.8     3.4     4.0    25.9


これらの驚愕的な数字は首都ミンスク市で得られたものである。この事実を報道するベラルーシの新聞、ラジオ、テレビはない。ベラルーシ政府は、チェルノブイリ事故の影響は克服したとしている。4月にミンスク市でこの問題の管轄機関を訪れた「チェルノブイリの子どもたち」に対し、当局はそれを何度も強調した。最新の調査状況に関する情報は公表を差し止められている。

もう一度強調するが、ミンスク市は汚染されていないと見なされている地域である。モギリョフ州やゴメリ州などの放射性降下物に重度に汚染された地域で比較調査をすれば、どれほどの結果が出るであろうか。


エーファ•バルケ(翻訳 Eisberg) 2008年4月20日(日)

2014年8月17日日曜日

【岡山】夏休み学習会in岡山2014「放射能測定に関するワークショップ」における三田医師の発言(書き起こし)~2014/08/16IWJ中継動画より~

パネルディスカッション(三田医師以外のパネリストの発言はすべて省略しました)

あいさつ

 三田医院というところを開業しています三田です。今年の3月まで東京で三田医院を継いでやっ

ていたんですけれども、非常に危ないことになっていると、で、わが身も危ないし、自分の家族も心

配だし、何よりもうちに来る患者さんが心配だったけれども、いくら言ってもみんな動いてくれない、

っていうことで、率先してね、見本を示している積りで、僕は逃げてきました。で、さらにその、向こう

で検査した人、それから、いまだに東京から通ってきてくれている人が多いんですが、そいう人たち

がね、あの、もうひといきちょっと決断できない。移住にしても、保養すらそうですね。え、そいう人た

ちの勇気を出すお助けにでもなればと思って、でまあ、こっちで開業した訳です。僕は全然測定の

ことはあの全く知りません。知りませんけどと言ったら、それでもいいから来いと言われたんで、来

ましたんで、ちょっと的外れのことを言うかも知れないです。よろしくお願いします。


テーマ1「測定所が抱える課題について」発言

 測定のこととか運営のことについては良く分からない上に、ちょっと来るのが遅くてすいませんで

した。僕がこっちに来て、生活し始めて、3月の終わりに来ましたから、4、5、6、7、8で5カ月って

いうところなんですね。で、あの東京にいた時に比べれば、こっちで買い物する時に、買って、あの

いろんなものを売ってしまっているところもあるけれども、こっちの方が選ぼうと思えばちゃんと選べ

る、っていうのがね、東京とは全然違うなと思ったんですけれど、最近感じていることはね、スーパ

ーマーケットなんかでもね、あの、こういう系列があるじゃないですか、で、こんど岡山の駅前に大き

なイオンが来るってみんな大喜びなんだけど。そういう、その全国展開っていうのはあんまりして欲

しくないって思っちゃうんです。だけど、そりゃ商売もあるだろうけども。

 で、あとこの、僕は駅前のマンションを借りて住んでるんですけれども、周りに飲み屋があるんだ

けれど、岡山の物だけを使っているところっていうのが、この緑の提灯をね、星いくつなんてだして

いるですよ。で、つい最近あの、乳製品ね、牛乳だけじゃなくて乳製品、純粋に岡山の、純粋に岡

山だけの牛乳を使ったようなものっていうのを、ブランドとして表示していこうっていうことが始まるら

しい。ですから、さっきその加工品だったらね、心配だって、確かにその、お刺身だって3種類混ざ

っちゃうとどこでとれたかわかんないでしょ。だけど、僕たちは、逃げてきて、やなものは食べたくな

いなっていう気持ちが強いから、だから国の基準でこうなっているっていうんじゃなくて、そいうこと

が判るようにね、買い物をしたいっていことを、こっちのお店の人たちに分かってもらえるといい、そ

の時にこういう測定の値やなんかをね、ベースに瀬戸内のものはこういうふうに安全なんだとかっ

ていう、ほんとにベースにものが言えていけるといいなって思うんですよね。日々の買い物に付き合

っているものとして、そういふうに思ううんです。


テーマ2「データの評価について」発言

 医者として、この3年くらいいろんな人の話を聞いて、診察してきたわけでして、こっちに来るまで

は、主に首都圏ですので、東京の人の話はたくさん聞きましたけれど、福島の話は知らない。西日

本はどうなのかも実はよく知りませんけれど、まとめて僕の印象を言うと、どれくらいの放射能で安

全かどうかというと、個人差が大きすぎて、これは症状の出方にですね、個人差が大きすぎて、よく

わからないって僕は思います。
 
 ホットスポットに住んでても、ケロッとしていて、何ともないという人もいれば、そこからちょっと離れ

て線量は低いんだけれども、具合が悪くて・・が悪いっていう人もいるし、だからその、ホットスポット

で良いと言ってないですよ、個人差がまず非常に大きいから、いくつなら安心だっていうことはな

い。 僕はもうこんな歳ですし、子ども達ももう二人とも大学生だから、僕自身はもう子どもも作らな

いだろうから、たまには美味しいもの食べたいなと思うかもしれないけれども、子どもにはそんなも

の食べさせたくない。それから、今の子ども達ね、それからこれから子どもを作る人達、子ども達も

大きくなったら子どもを作るから、もう目指すはゼロベクレルなんだとうと思います。

 これから先は、この地域でもお母さん達と話をしていると、給食の牛乳はどうなんだろうとか、お

米がなんか混ざっているみたいだとか、ゴボウが牛窓でいいのが獲れるはずなのに、茨城のを使

うとか、そういう問題っていうのがひとつ大事なのかな。あとはさっきも言ったことだけども、小売店

の人達もね、こんなにたくさんの人達が東から西に逃げてきていて、その人達の要求って言うのは

こういうとこにあるんだっていうことを、多分ぜんぜん聞いてもいないと思うから、そういうそのニー

ズがあるって事ね。国がやっていることでは、みんな安心できないんで、むしろそういう小売店の人

と市民測定所の人とのタイアップみたいなもので、えーここでやった検査でこういうのが出ています

って、そういうコーナーがあったりすると良いんだろうなと思いながら、いつも買い物にはつきあって

います。

 それから、あとどうしてもチェルノブイリの時にはこうでしたとかいう、こういうね、食べ物があって

1ベクレルでどうこうとかいうのを読んだことがありますけれども、東京でやっていた経験から言う

と、食べ物に気をつけているだけでは、とてもじゃないけど追っつかないというか、でその、データが

悪い人達の分布を見ると、ゴミ焼却とか下水の処理場とかっていう、まあ焼却しているんでしょうけ

れども、そういうのとの関係がすごく密接だと思います。ですから、チェルノブイリと違うことって山ほ

ど有りますよね、爆発の仕方も違えば、出た核種も違えば、土壌も向こうは砂地たっていうし、こっ

ちは粘土質だっていうし、海に近い所にあるのと陸地の中にあるのと、雨がよく降るとかね、何から

何まで違うと思うんですよ。ですけど、多分起きることはといえば似たようなことがあきるんですね、

おそらくね。

 で、あとはその、チェルノブイリのまわりでは絶対やってはいけないっていう、ものを焼くっていう事

を日本ではしているから、ここがね、食べ物がずいぶん日本はきれいなんだけども、チェルノブイリ

より僕は東京が悪くなるんじゃないかなという、こういう予感です。実際にあの、この夏休みに、福

島から、岡山県のプロジェクトで岡山に来ている福島の家族っていうのやってみると、東京から来て

いる人よりもデータ良いです。僕はね東京は一番被害が大きくなるんじゃないかって、ま、こんなと

ころで言って外れたらはずかしいんだけれど、そういう危惧があります。当初からあるし、この夏休

み、ますます東京は悪くなっているって、こういう風に思うんです。だから食べ物のことは最低限、給

食のこと、若い人達、これから将来子どもを産む可能性のある人達は、ともかくゼロベクレル目指

して、頑張ってもらいたいとよろしくお願いしたんですけれども、食べ物を気をつけている患者さんた

ちしかうちには来ませんけど、空気の悪いところの子達はとっても悪いんです。ここが、あの、空気

のね、フィルタリングって言うのは、とても難しいんだろうし、とてもフィルタリングでとれるようなもの

じゃないかもしれないだけれども、そういうことも含めて今後も考えていって欲しいなと思うんですけ

れどね。


質問 悪いというのは何が悪いということか?

 えーとね。あの、放射能の影響を見るのに、これ医学って言うか、医療上何をみるかっていうと、

やっぱり、白血球、赤血球、血小板ていうのを見ながら、例えば、あの、癌の放射線照射なんかの

影響を見るときはね、それで見るわけですよ。プログラムを作ったけれども、さっき言ったように、

個人差が非常にありますから、メニューがちゃんと消化できる人もいれば、途中でダウンしてしまう

人もいるわけ。ダウンしちゃいそうな人に、そのままかけて殺しちゃったんでは何もならないから、

だから、毎日毎日血液検査をしながら、このへんだったら大丈夫だっていう、それを僕らは何十年

もそうやってきたわけですし、あと、電離検診も白血球系の血液の分画っていうのがいちばんコア

なんですよ。もうそれしか無いて言っていいぐらいの、検診受けながら原子炉の人は貼ってやって

る。僕たちもレントゲン室をもってますから、フィルムバッヂをつけて、そういうの受けなさいって言

われて、病院のひともみんなやっているわけですから、それが一番客観的だと思うのだけれども。

 食べ物気をつけていても、住んでいるところで悪い人は悪い。東京でも水が心配だと言って、外

国のとか西の方のペットボトルを買ってきて、お野菜もそれで洗って食べているって、野菜も九州の

方から取り寄せて、洗うのもペットボトル、歯を磨くときもペットボトル、お風呂はペットボトルで入れ

ないから悩んでいるっていう、そういう人達が来ても、悪い人はとっても悪いんです。だから、日本

の場合は食べ物よりもむしろ居住地、そこの空気を吸うってことが悪いのかなって僕は思っていま

す。


質問 放射性物質の発がん性について

 発がん性に着目するっていうのはね、癌になりましたなりませんでしたというところが、区別がつ

けやすいから、そういうところで論じたいという人達がたくさんいるんだとおもうんですよね。これは

ね。で、WHOがどうのこうのって言うんだけれど、WHOで明らかに認めているっていったら、甲状腺

がんと白血病くらいしかないわけでしょ。それと、リンパ腫かな。そうい区別の仕方をするとそういう

ことになっちゃうんでしょうけど、さっき話しあったように、次に生まれた世代のほとんどが体育の授

業受けられないとか、一コマね、1時間の授業を、40分も我慢できないで、30分で打ち切らざるを

得ないとか、これをどういうふうに考えるかっていう方が影響として大きいんじゃないかと思うんです

よ。

 だから、その、癌ていうのが怖い病気だってみんな思っているし、この数十年で癌ていう病気がど

んどん増えてきて、これが、この時代の原発とか核実験とかそういうことに関係してるって僕も思う

んです。どうもうそれしか考えようがない。乳がんだとか前立腺癌だとかいって、甲状腺がんだっ

て、国立がん研究センターのデータ見ると、十年以前でどんどん上がっていますから、これはとても

スクリーニング効果とかではない、実際に上がっているんですよね。そうい部分もあるだろうけれど

も、ただ社会的にね、問題になるのは、えー、社会全体の機能が落ちるとか、人口がどんどん減っ

ていくとか、そういうことかな。

 あと、不幸にして癌になっちゃった人が治療受けたけれども、以前のように治療受け手も直らな

い。5年生きられた人が半年しか生きられなくなるとか、これはチェルノブイリで言われてますよね。

そういうことを重視していかないと、どれだけだったらその癌になるていう有意差がないから安全て

いう、そういう話じゃ、ちょっと、うー、瞞されているっていうと変だけれども、変な方向に持ってかれ

てしまうんじゃないかと思いますね。


質問 東京の空気が福島と比べても悪いという認識を具体的に
    保養で防げるのか移住が必要か、年齢による影響の違いは

 東京とひとことに言ってもですね、あるいは首都圏とひとことで言っても、茨城の方から入ってきた

放射性物質が東葛地域ていうところに落ちたと、まこう言われているわけですよね、東葛の放射線

量、土壌の汚染であり、空間線量ですけれど、これは場合によっては福島のある地域よりずっと高

いですよね。福島のきれいなところより東京で汚いところはある。

 で、僕が住んでいたところは、あの、小平市っていうところです。東京都の地図でいえばちょうど真

ん中ぐらい。武蔵野台地っていう、すこしは高くて、平べったいところ、でここは、プルームが素通り

してほとんど汚染されなかったっていう、たぶん汚染されているんですけれど、比較的きれいだって

いわれているところで、実際にホットスポットと千葉あたりの子ども達を2011年、2012年の頭くら

いまで調べた時には、非常に差があった訳です。いやただ、ホットスポットというところはまずいとこ

ろだなという僕の認識でしたけれども、えー早川先生のマップというのは有名ですよね。あのプルー

ムのが流れてきてこういふうにしてホットスポットができましたっていうマップだけど、そこと違う場所

に子ども達の異常が見られたと僕は判断した訳ですね。

 で、それはどういうところにあるかっていう風に、来た患者さんに聞いてみたり、地図上にプロット

してみたりすると、その地域のゴミ焼却とか、下水汚泥の焼却とか、それに引き続くセメント工場と

か、そういうところの回りに、データ的に悪いわけです、あるいは患者さんの訴えが強い。で、これ

はやっぱり、ガレキの焼却と言うよりは、地域ゴミの焼却によるよるもんなんだろうなっていう風に

思いました。

 で、実際にさっき言ったように、2012年の前半くらいまでは、ホットスポットというところに異常値

というのかな、変化がすごく強かったものが、だんだんだんだん、ホットスポットじゃなかったところ

に、おんなじような変化が出はじめているということで、これはともかく最初に落ちたところが危な

いとかそう言うことじゃないと思います。それから食べ物はうちに来て、わざわざ予約を入れて、子

どもさんが泣くのに血液まで採ってくれなんていう人は、すごく気をつけていますから、食べ物に関

することっていうのは、みんな同じように気をつけているのに、(東京の)西の方のきれいなところが

ダメになってきたということで、僕はやはり吸っている空気なんだろうなと思います。理屈はね僕は

実はよくわかんないけれども、現象から考えるとそんなふうに考えるしかないんじゃないかと思うん

ですね。

 それから、その、えーと、どれくらいでっていうことなんでしょうけれども、やっぱり、えーと、個人差

大きいですね。年齢差がどうかというと、僕はあの前から言っている血液のケースでいうと一番異

常値っていうか変動幅が大きいのは赤ちゃんだと思います。3歳くらいまでの赤ちゃん。これは0歳

でも1歳でも、いま0歳でも1歳でもそうですから、2011年のプルームは受けてないですよね。お母

さんが受けた影響を、おなかの中で受けましたかっていわれますけど、僕はわからないです。それ

は。

 で、もうひとつ、で、血液検査はそういうことですね。それから、いろんな病気がありますよね。たと

えば喘息とか、リューマチみたいなものとか、あとは副鼻腔炎とかね、そういうものに関しては、小さ

い子よりはもうちょっと大きい人達、とくにお年寄りなんかの悪くなり方が酷いと思います。それか

ら、特殊な病態、ま、内科的に記載がないものではないから、奇病ではないです。もともと知られて

いるけれども頻度としてとっても少ない病気がとっても増えている。で、教科書的に治療すればうま

くいくはずだったものが、うまく行きにくい。で、良くなったと思ってちょっと手をゆるめるとまたすぐ悪

くなるっていう、結局病気になりやすくて治りにくい、再発しやすいという状態が、これは高齢の人の

方が強いように僕は思います。ですからあの、どっちが弱いの強いのっていうんじゃ無くて、出方に

よる差があるっていうことかなって思うんですね。

 それからあとチェルノブイリの先例っていうのかな、ことがあるから、それを考えると、やっぱり今

の子ども達が大きくなって、次の世代がどうかっていうのがとっても心配ですよね。これは、いまな

んとかうまくやっているように見えなくもないけれども、次の世代ががたがた崩れたときには、社会

が成り立たないと思う。これはもう西と東の差別っていうのかしら、格差っていうのは出ちゃうんじゃ

ないかっていうのが、僕の一番の評価ですね、これは。

 それから、空気がっていうのは、さっき言ったように、ご飯や何かずっと気をつけていると、それで

もだんだんだんだんホットスポットじゃないところの子達のデータが悪くなってきていて、ただそうい

う子達が西の方に避難したり、移住したりすると、早い子で2、3週間するとかなり数字は良くなる。

それから今回夏休みにうちに来てくれているお母さんと子どものケースが多いけれども、やっぱり

あのずっとむこうで、息が苦しかったけれども岡山の駅に降りたら、二人で顔を見合わせて楽に息

ができるねっていったなんていう話を聞いたりすると、やはり空気なのかなっていうふうに思うんで

すね。


質問 車のフィルターの汚染について

 僕の経験じゃないけれども、おしどりまこさんが、東北行ってるでしょ。で、地域によって違うんだ

けど、一台の車が、ま、汚染のところから来た車の近くで線量計が動くから見て見ると、一番汚染

が高くなるのがワイパーだって言ってました。だから、ゴムみたいなああいうものに、付着して結合

しちゃうんじゃないかな。

2014年6月26日木曜日

東日本の吸入被曝量

 東日本の市民68名が装着したマスクに付着した放射線量を、2012年2月19日~4月14日の8週間を計測した結果。1年間に被曝する量は最大およそ3.2μSv。これは、Cs137の吸入量に換算すると1年間82Bqである。殆どは砂埃。


京大、セシウム花粉による被曝量は無視できるほど小さいとの研究結果

財経新聞2014年6月26日

 京都大学の桧垣正吾助教は、2012年に飛散した放射性セシウムの量を測定し、その量は砂埃に比べて無視できるほど小さいことを明らかにした。
 福島第一原発の事故以来、放射性セシウムがスギ花粉に吸着して飛散するのではないかと心配されていた。
 今回の研究では、東日本在住の一般市民68名を対象に2012年2月19日~4月14日の8週間に渡ってマスクを装着してもらい、そのマスクに付着した放射線量を計測した。その結果、検出された放射性セシウムが最大であった被験者が1年間に被曝する量を見積もったところ、およそ3.2μSvであった。これは年間の公衆被曝限度1mSvの310分の1である。
 また、被曝の元になった飛散物を詳しく調べたところ、そのほとんどはスギ花粉ではなく砂埃であることも明らかとなっため、砂埃の吸入を防ぐことでさらに内部被曝量は低減することができると考えられる。

この内容は「Health Physics」に掲載される予定である。


1Bqを経口又は吸入摂取した場合の成人の実効線量係数(mSv/Bq)

核種     経口摂取     吸入摂取
I-131 *1   1.6×10-5    1.5×10-5
Cs-137    1.3×10-5    3.9×10-5





2014年5月5日月曜日

4歳の時キエフで被曝したシネオカヤ・インナさんが、講演会で述べた日本の被曝被害者へのメッセージ(一部)

チェルノブイリ28周年企画「チェルノブイリ・福島 いのちは宝」4/26(三重県津市)での講演会から文字興し。

 汚染地された地区に住む皆さんには、たとえ一年に一度、ある一定の期間でも、汚染のないところで過ごすことは大切です。特に、子どもを保養に連れて行くことは、とても重要です。それぞれ皆さんには事情があることは承知しておりますが、それでも将来病気などに罹る可能性を少しでも減らすために、今子ども達を汚染の無いところにできるだけ連れて行くようにして欲しいと思います。

 皆さんの家族の何方かなどが何か病気に罹ってしまったとき、それは放射能と関係ありませんと言われるでしょう。でも必ず、かつて被曝をしたという悲しい記憶が蘇ります。そのときに、あの時あれをしておけば、こんなことにはならなかったかもしれないという思いに駆られるのです。ですから、自分は最善を尽くしたと思われるように、今できることは全力でやっておかなければなりません。原子力の事故は一生どこまでも容赦なくついて回るのです。

 放射能は土壌にしみこみ、植物に移ってゆきます。放射能に汚染された土地には、30年にもわたり何も植えてはならないのです。ですからどうか、できるだけ早く遠くに離れて下さい。もし家族全員が離れることが無理であれば、子ども達だけでも、せめて年に一度、数週間でも環境のきれいなところで過ごさせてあげて下さい。

 日本でも既に甲状腺の病気の子どもがいることを私は知っています。病気になってしまったお子さんを持つ両親の皆さんも、どうか絶望しないで下さい。闘って下さい。放射能の影響については、医者にとってもわからないことだらけなんです。言われるがままにならず、自分自身で行動し、調べて、最も適した治療法を見つけ出して下さい。

 子ども達に言いたいことは、どんな困難な中でも祈り、強い意志をもって欲しいということです。何かをしたい、または何かになりたいという、そういう強い意志をどうか持って下さい。夢を持って下さい。信念と強い意志があれば、それは必ず病気を治してくれると私は信じています。たとえ癌であっても、それに打ち勝ち、幸せな人生を過ごせるのです。

 私は原子力発電所を使ってはならないと考えます。チェルノブイリのような爆発がもう一度起きたら、どうなってしまうのでしょうか。残念ながら原子力の事故が起きたら、元に戻すことは不可能です。その被害は地球規模のものとなり、地域は破壊され、何万という人々が故郷を追われ、健康や命でさえ奪われるのです。

 私達のおじさんおばあさん達は、放射能や化学物質に汚染されていないきれいな土地を、遺伝子組み換えなどでない作物を、私達に残してくれました。近代科学の発展は、少数の独占的な資本家の富の為にのみ貢献しています。彼らはたった一世紀の間に人が住む地球を危険なものにしてしまったのです。私達はどんな土地を孫達に残すのでしょうか。

 日本の人々が最も安全なエネルギー源を探しだし、美しい自然と人々の健康を守っていくことを、私は信じています。私達は皆協力して、次の世代のために、この地球を残すために、できる全てのことをしていかなければなりません。



インナさんの妹、ヴィーカさんが、会場で読み上げた
母親からのメッセージ。
(チェルノブイリ子ども基金スタッフが綴る事務局さんより)

「原子力、それは人間にとって毒であり、
それに対する解毒剤は、残念ながらみつかっていません。
放射能は周りの環境から、
汚染された食べ物などから体に入り込み、
蓄積されていきます。
たくさん放射能をためてしまった人は、
病気になり、早く命を落とします。

人々に安全の補償がないまま、
どうして原子力発電所をつくることができるのでしょうか。
癌の治療も、放射能による病気の治療も
まだ見つかっていないというのに。
現代医学のすすめる「治療」というのは、
必ずしも人々が望むような結果はもたらさず、
それでいて、高額な治療費がかかります。

たとえ平和目的であっても、
原子力を使ってはならないと、私は確信しています。

ウクライナはたくさんの原発を造り、
ヨーロッパにきれいな電気を売っています。
一方で、私たちには放射能、病気、
放射能のゴミによって汚染された土地が残っています。
原発で働く人々は、
病気になったり、命を落とすかもしれないという危険の中で働いていて、
一方で、他の人々はこれによって安易に電力を得ている。
こんなことがあってよいのでしょうか。

放射能汚染の影響によって失われる命、人間の生活の価値について、
誰も考えていなかったのです。
あるいは、多くの人々が、病気になって、
治療のために高額な費用を支払わなければならなくなるとは、
誰も言いませんでした。

そして、生まれたばかりの赤ん坊にまで、
すでに深刻な原子力の負担を背負わせ、
死ぬまでその不安を持ち続けなければならない、
このような子どもの命の大切さについて、
誰も考えなかったのです。

この世界で一番大切なのは、人間であるということ、
特に子どもたちであるということを、
人々に理解してほしいと強く願います。

未来の世代にどのような地球を残すのか、
私たちの祖先が残してくれたようなきれいな地球を残すのか、
あるいは、何百年も何も植えることもできない、
有害で汚染された地球を残すのか、
私たちは考える必要があります。

みなさん、どうか自分たちを守ってください。
自分たちの豊かで美しい大地を守ってください。
みなさんは知恵のある人々です。
科学のあらゆる分野で、
未来への新しい道を大きく切り拓くことが出来るはずだと思います。

みなさんが原子力の問題について
正しい選択をしてくれると信じています。
どうか自分たちを、そして将来の世代を守ってください。
どうかお願いします。」

(インナの母 リディヤさんからのメッセージ)


2014年4月28日月曜日

ドゥルージバ・キエフ報告会

ドゥルージバ・キエフ報告会 (http://web.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~ai369/kief.html)

これは、10月14日(日)に山口グループの例会で行われたものをテープ興ししたものです。固有名詞等聞き取れなかった部分は(?)や(不明)としてあります。ご容赦ください。
 1986年にチェルノブイリから煙といっしょに放出された放射性物質は上空1500メートルまで舞い上がりヨーロッパをはじめ世界中に広がりました。それは火事が消されるまで数日間続いていました。原発で働いていた人びとは大量の放射線を浴びました。何人かの人は短い間になくなりました。他の人は急性放射線障害になりました。事故の後数千人の人とチェルノブイリ周辺に住んでいた人の健康状態は非常に悪くなりました。多くの人が治療のむづかしい病気にかかりました。特にこどもの体は放射線の影響をうけやすいので重い病気の子どもの数は特に最近急速に増えてきました。それは11年間で体の中に放射性物質がたまってきたからです。事故直後放射能は空気や水といっしょに体のなかに入りましたが、その後食べ物といっしょにすこしづつ入り込んで害を与えています。
  日本は世界で唯一の被爆国ですから、他の国の人々より放射能の恐ろしさについてよく理解できるでしょう。チェルノブイリ事故の後、核兵器だけでなく原発などの原子力施設も人民にとって危険であることが明らかになりました。広島と長崎で亡くなった人の数は、とても多いことを知っています。しかし、チェルノブイリ原発から放出された放射能は広島型原爆の500個分以上のものなので、長い間数百万人の人々にとても恐ろしい影響を与えつづけるでしょう。チェルノブイリ事故の影響が及んだのはヨーロッパだけではありませんでした。チェルノブイリの放射性物質は北アメリカ、アフリカ、オーストラリアに飛びました。極東と中近東にも原子力の恐怖と が届きました。ご存知の通り、1986年5月日本でもヨウソ131、セシウム137などの放射性物質によって食品が汚染されました。もっとも恐ろしいことは、大阪でお湯の中に放射性物質が発見されたことです。(不明)一言でいえばチェルノブイリ原発によって放射された放射能は生物種としての人間の死滅の恐れについての全世界に対する最後の警告なのです。
  ウクライナ国民の健康状態はどうしようもなく悪化しています。チェルノブイリ事故の影響だけによって全人口の死亡率は2.3倍、14未満の子どもは2.4倍に増加しました。 1987年から1996年にかけて大人や未成年者は血液循環系の病気%以上、悪性腫瘍13%、消化器系の病気2。1%、14歳未満の子供たちの場合は、先天性発育異常21%、悪性腫瘍は7。7%、うちリンパ造血系4。1%です。この6年間でウクライナの人口は115万人自然減少しました。この数字は今世紀末までに倍増すると予測されている。労働可能な年齢で亡くなった人の内、81%が男性です。コレラやペストなどの伝染病や戦争のない時にこの状態なのです。ウクライナでは成人障害者の数は130万人、児童障害者の数は13万5千人に増えました。いうまでもなくこのような国民の健康の悪化はチェルノブイリ事故の影響と密接な関係があります。ウクライナの全体に、事故処理員と彼らから生まれた2万人の子供たちが住んでいます。彼らはすべて保健機関に登録されています。11年前、10歳から15歳であった人たちからも子どもたちが生まれています。被災者の妊婦も51%は貧血症です。毎年5万人の妊婦は流産もしくは死産によって胎児を失います。ウクライナ安全保健保障委員会(?)によって出産前の母子の血液中の放射性物質は同じであることが初めて解明されました。つまり天然の牢壁(?)である胎盤が胎児を放射線から守っていないわけです。その後、子どもは母乳から放射性物質を体内に取り込みます。公式のデータによれば、小学校の1年生の内、10%は知恵遅れ、呼吸器の慢性疾患、消化器の慢性炎症、尿道炎、甲状腺の病気です。
  チェルノブイリ事故当時0歳から18歳であった人のうち1996年までに911人が甲状腺ガンになりました。その重い病気は事故の前にはめったに病気になりませんでした。甲状腺の異常は、機能障害、重い場合にはクレチン病を引き起こすことが知られています。ウクライナ住民が受けた外部被爆の他に、水による内部被爆があります。ドニエプル川の流域で放射能に汚染された水を3500万人以上の人が使っています。それはチェルノブイリの隣に ぷりてぃんつい(不明) という川があります。とても汚染された地域ですから水といっしょに放射性物質はその川にはいってぷりてぃんついはドニエプルにそそいでいます。多くの人がその水を使って体内に放射性物質を蓄積しています。しかし の量の被爆も神経系の病気をひきおこしてます。惨事が起きた最初の日から事故処理員たち に心理状態の異変が認められました。脳が破壊されニューロンが死にました。体の病気が空想しんくう系(不明)の不調をもたらします。病理解剖検査によって脳の萎縮が確認され、へいせいの量も脳の被爆によって異変が起こっているのが電子顕微鏡をもちいて証明されました。もっともよくみられる症状は記憶力の減退と知能の低下です。被爆の脳のがいはくしつげんしょう(不明)は、呼吸器系、循環系、免疫系、内分泌系の病気の原因になります。4号炉の下でトンネルを掘っていた42人の炭鉱夫には気管の異変がみられました。事故後80.7%の子ども達に歯の病気と歯肉炎が見られます。6歳の子どもでは歯肉炎は35%、14、5歳の子どもの場合では88.4%です。1歳の子どもに歯がはえていないことがあります。毎年500人の子どもが白血病で医師にかかります。いま大人や子どもの白血病患者は5000人です。1980年から1996年の間に血液病と血液造血器官の病気は、被災者の大人と未成年者で3.9倍、児童で2.7倍増加しました。悪性腫瘍の発生率の増加は大人と未成年者で2.2倍、子どもで3.6倍です。これがチェルノブイリ事故の影響であることは何ら疑う余地はありません。10年間で一級障害者の増加率は事故処理員で24.2倍、疎開させられた人と移住者(高濃度汚染地区の住人)で4.6倍、汚染地域の住人(中レベルの住人)で1.4倍増加しましたが、このことも事故の影響を示しています。この恐ろしい、しかも公式のデータを国際原子力機関は認めたがらないのです。10年たって彼等ははじめて甲状腺がんの増加がチェルノブイリ事故の結果であることを認めました。私たちの地球のいたるところに原発があります。原子力の専門家たちは他の主要なエネルギー源を利用しようという考えを否定するためにできるだけの努力をしています。ウクライナの元エネルギー経済電波大臣***(不明)は著書の中で次のように書いています。「私は原子力エネルギー産業と闘う人たちを助けたいと強く願っていました。これまで原子力の専門家たちは原発はコストが安く安全でエコロジー的に無害であるという神話を唱えてきました。これは全部嘘です。原子力エネルギー産業は核兵器産業のテクノロジーの延長です。人間を殺す為に考え出されたものが人間に利益をもたらすはずがありません。予言者は故郷に受け入れられぬものです。ヘレン・カルデコットは1978年の「核の恐怖」という本の中で既に原子力エネルギーと核兵器産業が突然変異をもたらす二つの主な放射線源であることを示しました。70年代すでに原子力エネルギー産業はコストが高く、危険でエコロジー的に有害であるということがいわれていました。どうして今でも技術者たちはそれがわからないのでしょうか。世界の有力者たちはもし放射性廃棄物をどこにどのように保存すればよいのかわからないというのなら、いったい何をかんがえているのでしょうか。世界銀行の専門家のサンペインによれば、コールベル放射性廃棄物貯蔵所の建設費は2、3億ドルと見積もられています。放射性廃棄物を防御するための安全な設計はまだありません。原発の核燃料の在庫はあと30年分あると計算されています。しかし、放射性廃棄物は永遠にのこるもので、プルトニウム239の半減期は24500年です。それをしっていながらどうして原子力エネルギーの開発をすすめることができるのでしょうか。放射性廃棄物は自然、人間と将来にとって生死にかかわるものです。
  1946年から1982年にかけて60万個のコンテナが海洋投棄されました。ソ連だけでも1959年から個体液体の放射性廃棄物250万キュリーと原子力潜水艦、破氷船の原子炉を海洋投棄されました。その大部分はカラ海と極東地域に捨てられたのです。その結果海産物は汚染されて危険なものになっています。放射性廃棄物はわれわれから将来の世代への悪しき遺産です。その遺産はすでに存在していて、それをなくしてしまうことは誰にもできません。1989年のデータによれば、立入禁止区域に約1億トンの放射性廃棄物が貯蔵されています。放射性廃棄物の一時的貯蔵所のあるところはいまだにはっきりわかっていません。航空写真をとってもわかりませんでした。ほうい核のあつまり(不明)が日のいづる国と全世界からいわれている日本をほろぼそうとしました。地獄からとりだした放射能の混合物が自然が豊かで美しいウクライナに降り積もり、半世紀にも渉ってのこっていくのです。ですから日本の国民とウクライナの国民は二つの悲劇によって兄弟となったといえるでしょう。ですから私たちは被爆した人、汚染された民族をいっよに救わなければなりません。日本の科学もウクライナの科学も苦いとはいえ大きい経験を積んできているのですから。いまウクライナの医師たちは病気になった子ども達を治療するためにできるだけのことをしています。しかし今ウクライナでは、経済状態は非常に悪く、失業率も高いです。ウクライナの法律によって勤労者の給料の10%は国家予算に出します。その額は被災者の保養設備に使います。しかし、給料は安く、そのため十分な額ではありません。いま一番大事な問題は、病気の子どもたちの健康状態、すべてのこどもたちのけんと(不明)の検査と予防です。ウクライナの専門家の予測によって将来甲状腺ガンになる子ども達の数は、150万人になるといわれています。チェルノブイリ原発から放出された放射性物質の影響は30世代までのこるという指摘もあります。
  あなたがたはそのビデオをみてからすこし事故のあとの状態についてわかったにちがいありません。その最初の日は、多くの人々はチェルノブイリ事故の正確なデータを知りませんでした。たとえば5月1日に多くの人々はメーデーにいきました。そして5月8日にキエフで自転車の国際大会が開かれました。それもキエフのおおくの住民は観戦にいきました。天気が良く野には花が咲いていました。 多くの人々は子どもと一日中散歩しました。その結果大きな被害がでました。私たちは、はじめて事故の規模をスウェーデンの放送から知りました。ソ連の政府はそれについて事故のあと90日以上たって知らせました。ウクライナ保健省大臣は毎日住民に次のようにいいました。「ぬれた布を使ってそうじしてください。まどをあけてもいいです。散歩してもいいです。あまり危険ではありません。」その結果人々は信じて大きい被害を受けました。キエフの子どもたちは5月末までキエフにたくさんいました。汽車と飛行機の切符を使うことができませんでした。多くの人はキエフからすぐにでることはできませんでした。